ナイスミドルになりたい~松本孝行のブログ~

教育とか雇用とかの社会問題、後は趣味のマンガを中心にしたテーマで書いてます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

【ジョーカー】救いようがなく暗い気持ちになる、しかしよくできた映画だ

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正直、ジョーカーを見る気は最初はなかった。なぜなら予告編を見ても何がなんだかよくわからなかったからだ。しかし解説をしている人の内容を見て、面白そうだなと思って見てみた。確かにすごい映画だった、アカデミー賞候補になるだけある。主演のホアキン・フェニックスの演技も体もすごかった。

浜村淳さんは嫌いな映画として、バットマンを上げる。なぜなら暗い雰囲気が好きではないからだそうだ。本作ジョーカーもまた、雰囲気はずっと暗い。なので気持ちいい映画ではない。しかし人間社会をよく表しているように思う。

人生は不平等、運が悪い場合はどうする?

少しストーリー的にはネタバレ的な要素も含むかもしれないが、ご了承いただきたい。ジョーカーが誕生するまでのストーリーなのだが、主人公のアーサー・フレックは本当に不運だらけだ。そしてその不運は自分でどうしようもないものばかりだ。最初のシーンでピエロの仕事を子どもたちに邪魔されるが、これも防ぎようがない。

さらに自分の出生のこと、これもどうしようもできない。母親との関係も同じだ(結果的に自分で解決してしまったが…)。こういった自分で防ぎようのないことが重なった上に、不運にもクビになったり事件を起こしてしまうなどという不幸が重なる。

人間は1日に3つのミスが重なると精神的に辛くなるという。アーサー・フレックの場合は1日にいくつもの不運が重なってしまうのだ。こうした不幸な出来事が重なり、ジョーカーが形作られていくわけだ。

実際、ジョーカーにならずに「それでも人生は素晴らしい」という方向に進む人もいる。ハッピーエンドを描くなら、そういう風に苦難を乗り越えて人生を進むという描き方もできただろう。しかしその時、必ずと言っていいほど必要なのがそばにいる人の存在だ。親友かもしれないし、地元の仲間かもしれない。恋人や家族かもしれない。そういう存在がいるのだ。

しかし残念なことアーサー・フレックにはそういった存在がいなかった。恋人もいなかったし、母親は逆にアーサーがいなければ生きられない存在だった。尊敬する人も尊敬できなくなった。福祉職員も同じ質問ばかりだ。誰一人頼りにできなかった。

唯一、可能性があったのが小人の同僚だったのではないかと思う。あの同僚に心を許し対等に付き合っていけたなら、ジョーカーは生まれなかったのではないかと思う。

我々も別に完璧に幸福な毎日を過ごしているわけではない。しかし、それでもジョーカーにならないのは、私達の周りにいる誰かと繋がれているからなんじゃないかなぁと思う。私の場合は友人、家族、そして愛する人がいるから、今苦しくてもがんばれているんだと思う。

そういう存在をどんな人でも作ることができる、そんな社会が先進国では求められているのかもしれない。

後味は人によって違うが、気持ちいいものでは私はなかった。それでも映画としては素晴らしいと思うので、ぜひ見てほしい。