ナイスミドルになりたい~松本孝行のブログ~

教育とか雇用とかの社会問題、後は趣味のマンガを中心にしたテーマで書いてます。アゴラや自社サイトにかけないだろうなーっていう話題がメインです。

三角関数だけでなく、学校教育の内容について再考が必要な時代に来ている

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アンチ橋下さんやアンチ乙武さんの人も多いこともあって、この二人のTV番組での発言が波紋を呼んでいるようだ。橋下さんいわく三角関数の教育は不要なのではないか?という持論を展開しているようだ。そしてその三角関数を用いた教育のおかげで「こんな事ができた」「こんな仕事で使っている」と、Twitterのユーザーが語っている。

確かに三角関数を使っている人もいるだろう。しかし私も含めて、多くの人は三角関数を使うことはない仕事についている。三角関数だけでなく、ルートの計算を使わない人もいる。もっと言えば縄文時代の歴史や天体についての知識を使う仕事についている人は少ないだろう。

別にこれは三角関数だけに限らず言えることで、今の教育内容で本当によいのか?ということを再考する時期に来ているのではなかろうか。

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三角関数の不要論

大学のカリキュラム、それが本当に学士に必要?

例えば、大学卒業のために必要な知識というのはどの程度のものが必要なの?同じ学部でも大学によってそれはレベルが違う。しかし「大卒の学士」として最低限必要な知識というのはなにか?一時期、分数の計算ができないために復習を大学の授業で行うという話もあったが、そういう大学の授業レベルでいいのだろうか?

ましてや大学の前に高校・中学・小学校となると教えられる時間が決まっている。その決まっている時間の間に必要な知識や知恵、考え方を勉強しないといけないわけだが、そこで必要な知識・考え方などのカリキュラムは今が最適なのだろうか?もちろん文科省が毎年変更を加えているので、時代に最適化されているだろうとは思うが、果たして本当に大事なものが学べているのか?

道徳の授業もそうだし、総合学習もある。プログラミングは小学生が2020年から必修になるし、英語については「英会話のほうが重要で文法によりすぎている」ということが以前から言われているのに、変化は乏しい。歴史は現代史から学ぶべきという声も多いが、今でも縄文時代から順に習い、近代あたりで終わってしまう。

果たしてこのようなカリキュラムが正しいのだろうか?橋下さんの疑問・提案というのは三角関数を取り上げているが、それは一つの例でしかないだろう。三角関数だけでなく、本当に今必要な知識を教えられているのか?という話ではなかろうか。

職業訓練的な知識・経験はもっとあってもよいのでは?

個人的にはもっと職業訓練的な知識・経験は増えてもいいのではないか?と思う。勉学を修めたいという人にはそういった勉強用のコースを、しかしそれよりもまずは職業知識・職業スキルを身につける人はそういったコースを選べるようにすべきではなかろうか?

もっと言えば多くの人は勉強用のコースではなく、働くスキルや知識を得るためのコースのほうがよいのではないだろうか。例えばトラックドライバーになるとして、三角関数を学ぶよりも安全安心に運転できることや地図を覚えるなどのほうが、仕事としても有用ではなかろうか?

三角関数だけでなく、もっと実用的な内容を学んだほうが将来働く人たちにとって良いのではないだろうか。高度な仕事をする人たちばかりではないのだから。